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タチヨリドコロ

大刀洗は、今日も元気です。

奥平 大さん

地域おこし協力隊

2013年の4月から、地域おこし協力隊として大刀洗町に移り住んだ奥平大さん。どのように大刀洗町に辿り着き、地域おこし協力隊としての3年間を過ごし、そして、これからどうして行くのか。大刀洗での暮らしを楽しみながら外とのつながりを作っていると奥平さんにお話をうかがいました。

奥平 大さん奥平 大さん

ー 地域おこし協力隊になるまでは、どんなことをしていましたか?

福岡で育ち、神奈川の大学へ通っていました。その時に、とあるボランティア団体に出会ったんです。ゴミ拾いから国際協力まで、幅広く活動をしていたんですが、その活動の中のひとつとして、新潟県の長岡市・栃尾地域、中越地震のあった山古志村の隣の地域での活動があり、大学2年生の時から月1回くらいのペースで行き始めました。

その時が、初めてのど田舎だったんです。
おじいちゃんやおばあちゃんが、見ず知らずの自分たちのことをあたたかく迎えてくれ、でも、横浜のアパートに帰ると隣の人の事も良く知らない。そんな経験から「田舎ってあたたかいなあ」って、ぼんやりと思っていました。

3.11が起こったあとも長岡に行っていて、並行して動いていた東北の大震災支援の活動を通して、まちづくりに興味を持ち始めました。これから東北の町の人たちはどうやって立ち直るのだろう、どうやって暮らしをとり戻していくのかなというのが心に引っかかっていました。東北の震災は自分にとってもターニングポイントになりました。

ー 地域に関わるボランティアを通じて、まちづくりに興味をもつようになったんですね。

でも、大学3年の秋口ぐらい、母親と祖父母が3人同時に体調が悪くなってしまって。
東北と長岡の活動を通じて、もやもやしていたんです。このまま東京で就職していいのかな・・・と。そうして結局、家族のこともあって福岡に帰ってきました。元々吹奏楽をやっていたから、音楽系の仕事にも興味はあり、戻ってきてからも動きながら、それ以外に、自分の所属していたボランティア団体のことを福岡の大学生にも知ってもらいたいと福岡市のボランティアセンターに相談に行ってみました。その時に、職員の方に教えていただいたのが津屋崎(*1)です。

そこで初めて、まちづくりやっている人たちを目の当たりにしたんですよね。津屋崎で暮らしながら、町に関わる仕事をしている人たちを見て素直に「やりたいなぁ」と思いました。

(*1)福岡県福津市の旧津屋崎町エリア。対話を取り入れたまちおこしで有名。中心的存在の津屋崎ブランチ代表の山口さんは、ファシリテーターとして、大刀洗町の対話の場づくりにも携わっている。

ー 地域おこし協力隊のことはどうやって知ったのですか?

同じ時期に大学のボランティア団体の先輩から、地域おこし協力隊のことを聞きました。田舎に暮らしながら、面白いことができる、なんて夢のような・・・。ただ、九州から離れたくなかった。生まれ育った福岡でやりたい、と思いました。

大刀洗町に決まる前に、福岡県外の地域でも協力隊の内定を頂いていたんですね。これから3年間、一番の若手が60歳くらいの島に、22、3歳が入って島を盛り上げるんだ、結構覚悟を決めなきゃいけないな・・・と、もやもや思っていて、他にどこかないのかなと探しているときに、大刀洗の募集がポンって出てきたんです。それから連絡をとって、採用がきまり、今に至ります。

ー 大刀洗町での採用が決まり、地域おこし協力隊としての3年間がスタート。1年目はどうでした?

1年目は、とにかく町に慣れるのが大変でした。地域の人たちがみなさん元気で、もともと自分からコミュニケーションをとりに行くことが少ない性格だったから、季節の変わり目には体調も沢山崩しました。

それから色んな所に出向いたり、地域のイベントに出ていたりしていました。同じような仕事をしている人のネットワークも作らなきゃと思って、八女や上毛町を訪れ、とにかく色んなところに顔を出していました。年度末には北九州のリノベーションスクール(*2)に参加して、その頃からまちづくりのネットワークが広がっていきました。

(*2)2011年、北九州から始まったリノベーションを通じた都市再生手法を学び、実践する場。

ムギとクロ奥平さんと一緒に住む、ムギとクロ。この子たちに会いたいと遊びにくる人もいるとか。

ー 地域おこし協力隊として課せられていた主なお仕事は?

地域おこし協力隊としてのミッションの一つに「校区センター(*3)の活性化」があります。自分は各校区センターにおかずを持ち寄って、みんなでお昼ごはんを食べる「おひゅぎんランチ」に取り組んでいました。

おひゅぎんランチを開いていて印象的だったことは、参加していた一人暮らしのおばあちゃんから「いつもご飯をひとりで食べているから、月に一回でもこんな風にみんなと集まってご飯をたべられるのは本当にうれしい」って自分にいって来てくれたことです。これが一番嬉しかったですね。

2年目は地域おこし協力隊の相棒の川崎さんの主導の体験農園「大刀洗アロットメント」が4月から始まり、そこに色んな人が集まって来てくれました。参加してくれた人たちが発信し更に人が集まってきて、農家さんに教わりながら面白い顔ぶれで体験農園をしていました。

大刀洗アロットメントは、10月で前期を終えました。野菜の世話にしても、作業日の前準備を猛暑の日にしなくちゃならなくて、作業日に2人とも体調を崩したりして、やってみて大変さを痛感しました。

後期は、自分たちは野菜づくりのことを知らなさすぎたから、勉強をしようということになりました。長崎で生ゴミリサイクルの土作りを提唱している吉田俊道さん(*4)の講演を、4回シリーズで、11月、12月、2月、3月と開催しました。

(*3)校区ごとに大刀洗町が開設している自治コミュニティ施設。大刀洗町では4校区それぞれに1つずつ開設している。

(*4)NPO法人 大地といのちの会理事長。生ゴミを使った土づくり、循環型の野菜づくりを提唱している。

ー 初めての土地での仕事と暮らし。試行錯誤が続きますね。

また、大刀洗アロットメントに関わってくださっていた久留米の知り合いから、全国のまちづくりに関わる人を呼んで講座をするからと、声をかけて下さいました。その講座に参加するようになってから、久留米の人たち、強力なお兄さん、お姉さんたちとのネットワークができていきました。

おひゅぎんランチの2年目は、自分がメイン料理をつくり、参加者の方がおかずを持ち寄るという形を取りました。毎回みなさんから、味付けがうすいだのしょっぱいだの言われて、自分の料理の反省をしながら次に活かしていくんですけど(笑)、この形はうまくいき、場所によっては10人くらい集まるようになり「みんなで食べるお昼ごはん」として定着していきました。

おひゅぎんランチの様子おひゅぎんランチの様子(写真提供:奥平 大さん)

3年目を迎えるにあたって、何をしようか考えている時に、久留米の講座の中で「リヤカーゴ(*5)」というものを知りました。博多では、屋台は当たり前になっていて気づかなかったけど、リヤカーゴが町に並ぶと面白いな、大刀洗だったら1台並んでも面白いんじゃないかと思い、コーヒースタンドをしたらいいかもと、知り合いに色々聞きながら考えていました。

おひゅぎんランチは滞在時間として2時間を取っていて、その時間をとれない人は気軽に寄れない。何とか滞在時間の短い人も長い人も寄れる仕組みを考える必要があって、「リヤカーゴでコーヒーなら・・・」と思い、3月末頃に初めてのDIYをして、カーゴをつくりました。

とにかく慣れようとした1年目、慣れて外に広がりができてきた2年目でした。仕事と自分のやりたいことのバランスを2年の後半からとれるようになってきていました。

(*4)広島県尾道市で始まった、リヤカーを使った小さな屋台。

ー つながりが増え、大刀洗から外へと出かけていくことも多くなった2年目。いよいよ最終任期の3年目。任期後の事を考えながら、これからの奥平さんの活動はどうなっていくのでしょうか。

3年目は「T-CARGO」と名付けたリヤカーゴを動かし始めました。今では毎回コーヒーが10杯くらい売れるようになり、がめ煮会さんのかりんとうと、アプトコーヒーさん、カタパン屋さんのパンの3点セットを用意して動いています。町内の校区センターに出店するだけでなく、町外に出ることも多くなって、月に1、2回は町外に出店をするようになりました。

校区センターでの出店地域の方々がコーヒーを頼んで向かいの席でまったり。

それから、ゆるいDIYが好きな人の集まりの「DIY部」というのを立ち上げました。
何度か話し合うなかで「一度何かを作ろう」ということになり、6月に黒板をつくりました。それが結構好評で、参加してくれた人たちも楽しんでくれました。

その後、8月にイスづくり、番外編でT-CARGOの2号機を作ったり、ゆるい集まりを3月に1回くらいのペースでやっています。黒板づくりに参加してくれた人の希望で子ども用にイスをつくってみたり...という具合にDIY部はできていきました。

3年目で、やりたいこととやりたい人をつないでいけるようになったかな、と思います。それから、菊池校区センターで「shukai-music-studio」という音楽イベントも開催しています。がめ煮会さんに料理をお願いして、ゲストさんを呼んで演奏を聞いたり、演奏後に、楽器を持って来た人は、ゲストさんと一緒にセッションできる時間を設けたりしました。1回目は反省点しかなかったんですけど、2回目からは反省点をクリアできてスムーズにまわっていきました。

ー 3年目も、そろそろ終わりの時期が見えてきました。

1、2年目はとにかくがむしゃらで、気づいたら2年が過ぎていました。
3年目はテーマを自分の中で設定していて、最終年度に取り組んでいるイベントを任期後も続けていけるように暮らしのなかに落とし込んでいくことです。今までやってきていたことを協力隊が終わった後も継続する、でもこれだけを仕事にして生活していくことは難しいから、別に仕事をしながら・・・。ただ、この町のことは好きだし、この町に住んでいる人たちは好きだから、大刀洗で暮らしたいとは思っていて。

任期後は、この3年間でつながった人伝いで、久留米を中心にリノベーションに関する仕事に携わる予定です。

ー ぽんと移り住んだ大刀洗での3年間。最後に、大刀洗の暮らしはどうですか?

月並みなことを言うと、景色が好き。(・・・あと野菜が安い...笑)
都市との距離感がいいと思います。都市の人から見ても魅力があると思っていて、例えば週末に来やすいとか、可能性を秘めているんじゃないかな。

それから、町の方々が「とにかく大刀洗大好き!」なのが好きです。他の町と比べても大刀洗の人はとにかく濃いと、よその人から言われるんです。都会に染まっていないというか、昔の田舎の部分が多く残っているんだなぁと感じています。

言葉を出そうとすると出てくるんですけど、表面をすくった言葉になってしまって。よその人が遊びにきて楽しんでくれていて、この町の面白さを再確認しています。恋愛で言うとまだ片思いしている段階ですよね、好きなのかな、わかんないなぁ、、、って、3年じゃまだ大刀洗の奥深さは分からないです。大刀洗の奥深さをまだ拾えていない僕は(笑)

地域おこし協力隊 奥平さん

大刀洗町地域おこし協力隊

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